Scienceにアーモンドのゲノム解析の論文が出ていた。野生のアーモンドには毒があるが、ヒトが品種改良したアーモンドは毒がなく美味しい。その理由はなんだ?と言う謎を解き明かした内容。
Mutation of a bHLH transcription factor allowed almond domestication (Science, 2019)
アーモンドの背景知識をよく知らなかったので引用しながら簡単にまとめてみた。
アーモンドと毒について
アーモンドと桃はもともと同一の原種であったものが、太古の地殻変動により隆起した中央アジア山脈が中東と東アジアを隔ててから、それぞれの地域で異なった進化を遂げてきました。桃は中国の比較的湿度の高い低地を中心に生育する様になり、アーモンドは乾燥した西アジアから中央アジアの砂漠や丘峰の斜面に、様々な品種に分かれながら自生する様になりました。
やがて人々はアーモンドの実が甘く、食用に適することを発見し、特に遊牧民の携帯食として珍重される様になりました。古い文献の中に遊牧民が大粒のアーモンド、砕いたナツメ、少量のピスタチオ、パン屑をごま油で混ぜ合わせたものを、小さなボール状に丸めた食糧を携帯したと記されています。
アーモンドはアレキサンダー大王の東方遠征によって本格的にその栽培地域を地中海沿岸の西方地域へと拡大する事となりました。アレキサンダー大王が諸国を征服した時期(紀元前350~323年)と、アーモンドの栽培がギリシャから更に西方へと広まっていった時期とは、ほぼ同じであるとされています。古代ローマの人たちはアーモンドのことを”グリークナッツ(ギリシャの木の実)”と呼んで親しんだといわれます。
突然変異がアーモンドを無毒化した
毒のないアーモンドも突然変異種にて説明がつきます。苦味の成分であるアミグダリンが突然変異では妨げられる働きがあり、その種子を集めて栽培したものが現在の栽培種のアーモンドであると思われます。
このように人類は意図的にしろそうでないにしろ、人類の適した種子を選び取り、そこから栽培を開始しました。勿論まだ栽培化されていない種もあり(オークなど)、また中世にいたるまで栽培化されなかったイチゴなどもあります。イチゴは中世に僧侶によって栽培化されそうで、そこにはまた人々のドラマがあるんでしょう。今手に取り、食べれる全ての食物に、そしてそれ以外のすべての物にストーリーがあるというのは凄い事ですね。
(毒のないアーモンドの作り方 – 『銃・病原菌・鉄 (上)』:Mona Books)
ここまでを要約すると、野生のアーモンドにはアミグダリンという毒があるが、遺伝子変異が起こって毒がなくなり栽培種のアーモンドになったと言うことになる。では栽培種で一体なんの遺伝子に変異が入ったのだろうか?
アーモンドを無毒化する遺伝子経路
その謎を解くために研究者は野生種と栽培種を交配してゲノム解析を行った。他のバラ科の植物に比べ、アーモンドのゲノム解析は進んでいなかったと言うことだ。少々意外である。
ゲノム解析の結果、5つのbHLH (basic helix-loop-helix transcription factors) を含む領域に違いがあることが分かった。bHLHsは転写因子として知られ、これに変異があると様々な遺伝子の発現が変化する。では毒性の減少につながるのbHLHsのターゲット遺伝子はなんなのだろうか。
アミグダリンの生合成経路を見てみよう。フェニルアラニンの代謝から始まるこの経路にはいくつかの酵素が存在するが、その中にシトクロムP450がある可能性が高いことは以前の研究から示唆されていた (Plant Physiology, 2008, 2018)。
今回の論文でbHLH2が2つのシトクロムP450 、”PdCYP79D16とPdCYP71AN24″ の転写を調節することが示された。最初bHLH2の変異と知ったときには「???」となったのだが、このストーリーならば納得がいく。
bHLH2に1アミノ酸置換の突然変異が入って二量体化が出来なくなったことにより、アミグダリン生合成経路が変化してアーモンドが無毒になったわけだ。
終わりに
歴史的背景を生物学の文脈で解き、化学的に重要な発見をしたこの論文は素晴らしいですね。この著者らはずっとアーモンドを研究していたらしく、成果が一貫していて凄いです。
アーモンドのチョコレートだけ齧って過ごせるようになったのも地球の歴史の何処かでbHLHに1アミノ酸置換が入ったおかげ。今度どっかで話のネタにしてみようと思える論文でした。
PS. アミグダリンについてよく知らなかったのでWikipediaを引用しておく。
アミグダリン (amygdalin – C20H27NO11) とは、青酸配糖体の一種。主にウメ、アンズ、モモ、ビワなどのバラ科植物の未成熟な果実や種子、葉などに含まれる。加水分解されるとシアン化水素を発生する。
アミグダリンそのものには毒性はない。エムルシンという酵素によって加水分解されるとグルコース、マンデロニトリルが生成され、さらにマンデロニトリルが分解されると杏仁豆腐やビワ酒に共通する芳香の原因になるベンズアルデヒドとシアン化水素(青酸、猛毒であるが長期保存すれば分解されて無害になる)を発生する。 エムルシンはアミグダリンを含む未熟な果実などと一緒に含まれることが多く、アミグダリンを含む果実が熟すにつれてエムルシンの作用によりアミグダリンは分解され、濃度が下がっていく。この時に発生する青酸も時間と共に消失していく。このため、熟したウメやアンズなどをヒトが経口摂取しても青酸中毒に陥る心配はほとんどない。 エムルシンは、動物の体内に存在するβ-グルコシダーゼという酵素の一種である。高濃度のアミグダリンが残った果実などを経口摂取すると、エムルシンとβ-グルコシダーゼによってアミグダリンは体内で加水分解され、青酸を発生し、中毒を起こす。