ベータトロフィンは糖尿病治療の光とはならなかった、しかし新たな光もある

2013年頃に、糖尿病を劇的に改善しうる新規ホルモンを発見したという論文に関する記事を書いた。覚えている人もいるだろうか。

しかしその後、複数の研究グループから、ベータトロフィンの効果を否定するデータが提示された。情報としては少し遅くなってしまったが、ここに経緯を記しておく。

 

 

ベータトロフィンは既知のタンパク質だった

すい臓のβ細胞を増やす新規ホルモンとして報告されたベータトロフィンであるが、後にAngiopoietin-like protein 8 (ANGPTL8) であることが明らかになった。

Angiopoietin-like protein 8 (ANGPTL8)は肝臓や脂肪組織に発現しており、トリグリセリド (中性脂肪) の代謝制御に関わるタンパク質であることが明らかにされている。

Harvard大の論文の主張が正しければ、ANGPTL8を欠損する動物では、脂肪代謝だけでなく血糖値の恒常性にも異常が出るはずである。

しかし2つの異なった研究グループの結果は、この仮説を否定するものであった。

 

 

ベータトロフィンの有無はβ細胞の数を変化させなかった

Hobbsらの研究グループは、ANGPTL8の欠損マウスを解析し、トリグリセリド代謝に異常が見られるものの血糖値に大きな変化は見られないことを報告した *1

GromadaらもHobbsらと同様の結果を再現し、さらにANGPTL8の欠損マウスでβ細胞の増殖が通常と変わらないことを報告した *2

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Gromadaらはこの論文の中でもう1つ異なった実験を行った。ベータトロフィンをマウスに過剰発現させ、β細胞の増殖に変化が出るかを調べたのである。

Harvard大の論文では、精製したベータトロフィンをマウスの尾に注射してβ細胞が増殖したことを報告していたが、この結果はGromadaらの実験では再現されなかった。

Betatrophin/ANGPTL8の欠損実験と過剰発現実験の結果から、Harvard大の実験結果は何らかのアーティファクトによるものであり、残念ながらベータトロフィンは糖尿病治療の光とはならなかったと言えよう。

 

 

終わりに

しかし糖尿病治療の新たな光明が見つかっている。Osteoprogegerinと言うタンパク質がβ細胞の増殖を制御することが実験的に示されたのだ *3

GLPやベータトロフィン以外にも、これまでβ細胞増殖を誘導するホルモンとして胎盤由来のラクトゲンが知られている。ただラクトゲンはプロラクチンと同じで、乳腺刺激や多彩な作用があり、膵臓だけを標的にするホルモンとしての利用は難しかった。このグループはラクトゲンがβ細胞増殖を誘導するメカニズムを探索する中で、ラクトゲンによりOsteoprogegerin(OPG)が膵島で発現することを発見した。

OPGはもともと破骨細胞の研究から発見されてきた分子で、RANKLとRANK分子の結合を阻害することで破骨細胞分化を抑制する。RANKLに対する抗体薬はアムジェンにより開発され、すでに骨粗鬆症やmyelomaなどに利用されている。意外な分子が浮き上がってきて驚いたと思うが、マウスを用いて本当にOPGがβ細胞増殖を誘導するか調べ、試験管内でも、体の中でもOPGがβ細胞増殖因子として働くことを確認した。

OPGが引っかかってきたおかげで、すでに安全性が確認された薬剤を利用した新しい治験が可能になる。まず、すでに骨粗鬆症でDenosumab投与を受けているヒトのインシュリン産生を調べる必要があるだろう。もちろん抗体治療を一般の2型糖尿病の治療として軽々に行うべきではないと思うが、急性のβ細胞障害や、膵島移植後の増強など様々な利用可能性があるだろう。

本当にOPGが糖尿病治療のターゲットになるかは分からない。ベータトロフィンのように否定される可能性もある。

情報を注意深く気長に追い続ける、それが重要だ。

 

 

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