人工クモ糸製品化の熾烈な戦いを勝ち抜くのはどこの国か

f:id:mdr52:20130831125455j:plain

以前に人工クモ糸の製品化についての記事を書いて以来、この業界の動向が気になっております。国内ニュースを見ていると、あたかも山形県発のSpiber社のみが製品化に王手をかけているように感じますが、実際には国際的な激しい競争の渦中にあるようです。

Spider Silk Poised For Commercial Entry (Chemical & Engineering News, 2014)

今年の3月のアメリカ化学会のニュースに人工クモ糸の量産化に向けた現状をまとめた記事が掲載されていました。時間がかかってしまいましたが、この記事をベースに現在の人工クモ糸量産化の世界的な動向について書きました。


クモ糸の人工化の歴史

「ケブラー糸よりも強く、自然分解される夢の繊維クモ糸」これを人工的に大量生産するのは、100年も前から人類が抱く夢でした。しかし養殖が容易な蚕と違い、クモは気性が荒く養殖が出来ません。そのため工業製品に使うほどの安定したクモ糸の供給を実現することは困難でした。

近年になって、バイオテクノロジーを用いた人工的なクモ糸合成が盛んに行われ始めました。大腸菌を用いたクモ糸タンパク質の発現と精製は比較的容易であることから、これまで幾つもの企業がクモ糸の大量生産に挑戦してきました。しかしクモ糸の製品化はやはり難しく、世界最大の総合化学メーカーであるBASFも、世界第三位の科学メーカーであるDuPontも、人工クモ糸の製品化事業から撤退してしまいました。

しかしすべての企業が人工クモ糸の製品化を諦めたわけではありません。いくつかのベンチャー企業は人工クモ糸の製品化にかなり近づいていています。

クモ糸の人工化に向けたベンチャー企業の戦い

慶応大学発のSpiberという山形県鶴岡市に本社を置くベンチャー企業は、平成27年度中に月産1tの量産技術が確立し、その工場を平成28年中に稼働させる計画であると報じられており、非常に注目されています*1

f:id:mdr52:20140824181420p:plain
国の大規模な予算を獲得した山形発ベンチャーSpiber Inc.(日本)

これを後押しするように、Spiberの人工クモ糸量産化計画は、今年の6月に内閣府の革新的研究開発プログラム (ImPACT) に採択されており、数十億円の助成金がつくことが決まっています*2。この勢いに乗って見事製品化を成し遂げてほしいものです。

諸外国でも人工クモ糸量産化の研究が進んでいます。ドイツ発のAMSilkと言う企業は20種のクモ糸タンパク質を発現するライブラリーを持っており、クモ糸タンパク質入りのシャンプーや化粧品を既に販売しています。クモ糸タンパク質を含む化粧品はお肌をスベスベにし、またそのシャンプーは傷んだ髪の修復に適しているそうです。さらにこの企業はクモ糸タンパク質を傷治療スプレーに応用しようとしており、紡糸だけではないクモ糸タンパク質の可能性に気付かされます。

f:id:mdr52:20121115091715j:plain
クモ糸タンパク質を化粧品として製品化したAMSilk(ドイツ)

AMSilkは人工クモ糸にも注目しています。同社はまた「もし1tの人工クモ糸を注文されても我々は生産できるだろう。我々は既に0.5t合成している。」という言葉からは自信が伺えます。この企業も1,600万円もの助成金を集め、2015年には大規模生産を開始すると言っており、Spiberの強力なライバルになることが予想されます。

また韓国科学技術院 (KAIST) も大腸菌にクモ糸タンパク質を発現させて人工クモ糸を作ろうとしているライバルの1つです。KAISTは人工的にグリシンの含有量を増やした高分子量クモ糸タンパク質の作製に成功し、論文として報告しています (PNAS, 2010)。この技術を企業と組んで大量生産化したいと言うコメントがあったのですが、その後の動向は分かりません。もしかすると内密に大規模生産が進んでいるのかもしれませんね。

前述したようにクモは養殖が出来ませんが、蚕の養殖は容易です。また蚕の遺伝子操作技術は確立されており、上手く蚕にクモ糸タンパク質を合成させることが出来れば、強度を高めたモンスターシルクを作り出すことが出来ます。これに成功したのが米国のKraig Biocraft Laboratoriesです。

f:id:mdr52:20140824171659j:plain
蚕糸とクモ糸のハイブリッドシルクの生産量倍増に成功したKraig Labs(アメリカ)*3

この会社は2014年7月にMonster Silk®の特許を取得し*4、さらにハイブリッドシルクの質を向上させることに成功したと発表しています*5

2012年に設立された米国ユタ州発のベンチャー企業Araknitekは大腸菌と蚕だけでなく、ヤギやアルファルファ(植物)をも用いてクモ糸タンパク質を作ろうとしています。といってもアルファルファの実用化には大きなハードルが有り、またクモ糸タンパク質入りヤギ乳の生産も比較的少量に限られてしまうようです。

f:id:mdr52:20140824183030j:plain
様々な生物を用いて人工クモ糸の量産化を目指すAraknitek(アメリカ)

この企業は2,500リットルの大腸菌用発酵タンクを持つ設備の構築を進めており、また少量用の医療用製品用にヤギ乳を用いると言っています。しかし大量生産に向けたプレスリリースは殆ど出ていないので、実現化にはまだ遠いのかもしれません。

終わりに

忘れてはいけないこととして、どの企業の人工クモ糸が工業製品に一番優れているかが挙げられます。他に先駆けて人工クモ糸を製品化したは良いが、それが既存の素材よりも劣っていたら話になりません。100%クモ糸タンパク質から成る人工クモ糸よりも絹糸とのハイブリッドクモ糸の方が使いやすい可能性もあるでしょう。

ここで挙げたどの企業も人工クモ糸を大量生産するだけの力量を持っています。人工クモ糸を取り巻く世界的な動向からまだまだ目が離せそうにありません。

クモはなぜ糸をつくるのか?

クモはなぜ糸をつくるのか?

関連する記事

Pocket