はてブやらtwitterで以下の記事がバズってますね。
miR-520dという短いRNAを導入すると未分化な肝癌細胞がその癌とは全く異なる組織(奇形腫や正常肝臓組織)になったり、腫瘍を全く形成しなくなったりすることがわかりました。
おお、凄いですね。癌が治りそうな気がします。
これで流そうと思ったのですが、フォロワーさんにこれで癌が治るのか解説しろと言われたので、皆様が気になっていそうな点について簡単に書きます。
Q.この研究は治療に応用できるか?
A.すぐには無理じゃないっすかね
今回の研究内容を見てちょっと引っかかった部分はここ。
We investigated the effects of lentivirally inducing miR-520d expression
(我々はレンチウイルスを用いてmiR-520dを発現させ、その効果を検証した)
このレンチウイルスは遺伝子を導入するツールとしてよく使われます。
レンチウイルスベクターはレトロウイルスベクターの特長に加えて、①細胞分裂していない細胞にも効率良く遺伝子導入できる、②導入遺伝子の発現抑制を受けにくく長期に安定した発現が期待できる。
でもウイルスベクターって治療に使うにはちょっと問題があるんですね。一番の問題は癌化です。感染したウイルスのDNAは細胞が持つゲノムDNAに組み込まれます。もし癌に関係ある遺伝子の近くにウイルスDNAが入ると、細胞の癌化を誘導する危険性が有ると言われています。癌を治療しようとしたのに逆に癌になっちゃったらちょっと困りますね。
まあ、レンチウイルスがガンを引き起こす可能性は比較的低いと言われていますし*1、実際昨年は改変したレンチウイルスが治療に用いられていたりもします*2。でもiPS細胞のニュースで「ウイルスベクターを用いずにiPS細胞を作成した*3」という言い回しがよく見られるように、できればウイルスを治療には使いたくないって人が多いのではないかと思います。
miR-520dを用いた治療は出来る?
レンチウイルスを使うもう一つの問題点として「標的の癌細胞だけにウイルスを感染させることが難しい」という点が挙げられるます。レンチウイルスは様々な細胞に感染してしまうので、もしmiR-520dが正常な細胞に悪さをする機能を持っていたら大変です。これを解決するためには癌細胞だけにmiR-520dを導入する手法を開発する必要があります。癌細胞でのみ発現しているマーカーがあれば、癌を狙い撃ちすることが出来そうですね。
ウイルスを使わないmiR-520dの投与方法として、色々な案がありますが、有名どころとしてドラッグデリバリーシステムを紹介します。
今まで治すことができなかった病気に効く薬を、生物の持つ機能を効率的に活用する「バイオテクノロジー」により創り出そうとする研究が活発になっているんだよ。なかでも「細胞」の中で大変重要な働きをしている「核酸」という物質を使った取り組みが注目されているんだ。
『miR-520d=RNA=核酸』
これまで様々な核酸を使って病気を治療しようと考えられてきましたが、この新たな候補として今回のmiR-520dは注目されるのではないかと思います。
このRNAが全ての種類の癌に効果が有るかは不明です。一般的に癌が発症・悪化メカニズムは複数あると言われているため、miR-520dで全てが解決と言うわけにはいかなそうな印象があります。
肝癌のことはよく知らないけど、遺伝子転座や変異を蓄積させてゲノムがズタボロの癌では効かなそう。
— ky0suke (@ky0sugar) 2014, 1月 27
なんでmiR-520dで肝臓癌が正常になるの?
学術的にはこのメカニズムが一番気になりますね。癌が正常の細胞に戻るって驚くべきポイントであり、実際筆者らも論文のdiscussionで強調していました。まあここが気になる人はある程度専門的な知識を持っている人でしょうから、元論文を読んだほうが早いでしょう。オープンアクセスですし。
miR-520dを導入することで変わる遺伝子は幾つか明らかになったようですが、このRNAの実際の標的はよく分かっていないそうです。
論文中にも書いてあったけれど、miR-520dは4つのプログラムで検討した結果、8000遺伝子以上をターゲットにしていると予測されているらしい。解析が難しそうだ。
— kelo (@keloinwell) 2014, 1月 27
Scientific reportsの論文をFigureだけざっと見てみた。p53に注目してデータを出しているようだけど、Figure1Cでmockだけでの影響が大きいので、この点の評価が難しく思う。あとデータから最後のモデルの因果関係をどう導いたのだろう。そこがわからない。
— kelo (@keloinwell) 2014, 1月 27
in vitroのモデルがあるのだから、AIDをknockdownなどするして、miR-520dの悪性やタンパク質発現への影響がどうなるかを観察したらいいんじゃないかな、などと思う。
— kelo (@keloinwell) 2014, 1月 27
miRで肝がん細胞をリプログラミングして治療するって試み自体はそこまで新しいものじゃないみたいだな。阪大の方のとある学会発表演題にその類のものを見つけた。 http://t.co/Sz64DszZ4o
— ky0suke (@ky0sugar) 2014, 1月 27
終わりに
えー、かなり適当な解説文を書きましたが今とても忙しいので許して。
間違っているところ、書き足りないところ(ありまくりですが)、専門家の皆様ご指摘よろしくお願いします。追記します。
*1:レンチとレトロの遺伝子挿入箇所の違い – ReaD & Researchmap
*2:Lentiviral Hematopoietic Stem Cell Gene Therapy in Patients with Wiskott-Aldrich Syndrome (Science, 2013)