愛とホルモン、遺伝子と浮気についての研究最前線

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Nature Neuroscience誌に『エピジェネティクスで縁結び』なるハイライトがありました。プレーリーハタネズミが異性を選択する際にヒストンのアセチル化が関与しているようです。

普段なら分かりやすく面白い文章を書くように努力するんだけど、面白いポイントが難しいので難しく書きます。本番は後半から。


プレーリーハタネズミは一夫一婦制のモデル動物

この論文で用いているのはプレーリーハタネズミと言う馴染みのない動物です。プレーリーハタネズミは一夫一妻制と言う哺乳類では3%以下でしか見られない性質を持つため、愛と社会性を研究するモデル動物として注目されてきました。

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ハタネズミ類は短い尾と四肢、小さな目と耳が特徴のネズミである。草食性で繁殖力が強く、しばしば大発生して農作物に被害を与えることがある。
繁殖形式は種によって異なり、アメリカハタネズミは乱婚制をとるが、今回述べているプレーリーハタネズミは一夫一婦制をとると考えられていた (Nature Digest, 2008)。

一夫一婦制とホルモンの関係

これまでの研究から、オキシトシンとバソプレシンというホルモンが一夫一婦制に大きな影響を与えることが分かっています (Science, 2008)。

プレーリーハタネズミ(一夫多妻制)のバソプレシン受容体V1aRはヤマハタネズミ(乱婚制)に比べて脳の様々な領域で発現が多く(JNS, 1994)、またオキシトシン受容体の発現も二つの種間で異なります (ProNAS, 1992)。
ヤマハタネズミにV1aRを発現させてみると、オスがメスと身を寄せ合う時間が増えたので (Nature, 2004)、バソプレシンと社会性行動は関係があり、一夫一妻制の形成に大きく影響すると考えられています。

ホルモン受容体の発現を制御する分子メカニズム

「ではプレーリーハタネズミ(一夫多妻制)とヤマハタネズミ(乱婚制)のバソプレシン受容体はDNAレベルで異なるのだろうか?」と言うことでゲノム領域の解析が行われました。驚くことにV1aRの配列には大きな差がありませんでしたが、そのプロモーター領域に違いが有ると言うことが明らかにされました (Nature, 1999)。このことはVa1Rの転写調節の違いが二つの種の違いを作り出している可能性を示唆します。
近年の研究で、HDAC阻害剤はげっ歯類の脳に作用して社会行動に直接影響すること(Endocrinology, 2011)、また肺がん細胞株においてはOTRの発現を促進することが明らかにされました(Oncogene, 2007)

これらの結果は「プレーリーハタネズミの脳においてエピジェネティック*1な制御がホルモン受容体の発現を変化させ、ひいては一夫多妻制という社会行動に影響する」という仮説が成り立ちます。

エピジェネティックな調節がホルモン受容体の発現を制御する

そこで今回の論文 (Nature Neuroscience, 2013) ではヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるtrichostatin Aを投与して、プレーリーハタネズミの行動が変化するかを調べました。この薬剤を投与したメスはオスと一夫一妻の関係を作りやすくなり、また側坐核におけるV1aRとOTRの発現が上昇しました。

この研究結果はエピジェネティックな変化がプレーリーハタネズミのペア形成に関与することを実験的に初めて示したとして、大きくハイライトされています。

もちろんTSAはV1aRとOTRのプロモーター領域のアセチル化にのみに影響するわけではないので慎重な解釈が必要ですが、これまでの知見と合わせて考えると非常に興味深い発見です。

えー、かしこまった口調での論文解説はここまで。ここからは個人的な雑感。

プレーリーハタネズミも浮気する

「プレーリーハタネズミは一夫一妻制でステキ!」
「浮気症の旦那にプレーリーハタネズミを見習わせたいわ!」
残念ながらプレーリーハタネズミも浮気するようですやったー!

V1aRの発現にはけっこう個体差が有って、それが不特定多数の異性と性的関係を持つことに大きく関係することが示唆されました (ProNAS, 2008)。

これはこれで非常に興味深い発見であり「人の浮気もV1aRと関係しているのか?」と考えたくなりますが、まあネズミと人間は大きく違うので推測の域を出ませんよね。実験的に示されれば面白いな、と思います。

愛情ホルモンとか癒しホルモンと言われる違和感

近年になって、特にオキシトシンがマスメディアに大きく取り上げられるようになって「オキシトシンは愛情ホルモン!」「恋人と触れ合ってオキシトシンを増やそう!」のような紹介文が増えました。『オキシトシン』でググると出てくる記事のスイーツさに驚きます。

何故私が違和感を感じているかというとバソプレシンやオキシトシンと言ったホルモンは脳だけに効くわけではないからです。高校生物学の教科書だと以下の2つの説明しか書いてないと思われます(今は変わってるかな?)。

バソプレシン
抗利尿ホルモンの名の通り、利尿を妨げる働きをする。またVaso(管)+ press(圧迫)+ in から作られた語であることからもわかるように、血管を収縮させて血圧を上げる効果がある(Wikipedia:バソプレシン)。


オキシトシン
末梢組織では主に平滑筋の収縮に関与し、分娩時の子宮収縮させる。また乳腺の筋線維を収縮させて乳汁分泌を促すなどの働きを持つ(Wikipedia:オキシトシン)。

僕の中では「オキシトシン=射乳」として覚えた記憶が非常に強く残っています。オキシトシンやバソプレシンが社会性や愛情に関係することは非常に面白いのですが、そこだけを切り取ってネタとして消費し、他の臓器での機能はオマケみたいに思われるのは釈然としません。
生物の体というものは非常に複雑です。タンパク質が臓器毎・細胞毎に全く違った働きをします。喩えるなら「お父さんは会社ではバリバリ働くけど、家に帰れば掃除係として働き、SMクラブに行っては白豚として働く」くらいの違いですよ。いやほんとに。

終わりに

最近では、オキシトシンとうつ病の関係性が盛んに研究されています。今回は触れませんが、こちらもホットなトピックです。

タンパク質が持つ一つの面白い機能だけに注目するだけでなく、その生体内での包括的な位置づけまで勉強すると、今よりもっと面白い世界が見えてきて楽しいです。広い勉強をしなくては。

脳とホルモンの行動学―行動神経内分泌学への招待

脳とホルモンの行動学―行動神経内分泌学への招待

PS.コメントどうもです。DNAのアセチル化→ヒストンのアセチル化に訂正しました。

PS2.蝉コロンさんの指摘通り、プロモーター領域が大きく違うとそれはエピジェネティックな制御とは少し違うニュアンスですね。そこを上手くつなげる文脈を推敲中。

PS3.一応文章を直しました。前半部は論文のイントロに無いところを持ってきているのでつなげることが非常に難しい。良い構成を考えつく専門家の人は手を入れて下さい。

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