人工的にクモの糸を作る研究の歴史について本気で調べてみた

f:id:mdr52:20130831125455j:plain

山形のSpiberというベンチャー企業がクモの糸を人工的に大量生産出来る技術を開発したとして大変話題になっています。

人工的なクモ糸生産の研究は古くから歴史があります。ニュースが出たのを良い機会と勉強したので簡単にまとめてみました。


絹糸・クモ糸の基礎知識

絹糸やクモの糸は生物が体内で精製する自然の繊維です。これらの繊維はタンパク質によって構成され、しなやかで強いという性質を持ちます。

f:id:mdr52:20130531113432p:plain
フィブロイン (fibroin) とは昆虫とクモ類の糸を構成する繊維状タンパク質の一種である。グリシン、アラニン、セリン、チロシンなど側鎖の小さいアミノ酸が90%にも及ぶ高い比率で含まれ、この特徴が繊維の強さを支えている。*1

クモの巣は粘着性の横糸と非粘着性の縦糸から作られます。これらのクモ糸はナイロンを上回る堅さと強度、そしてケブラーやカーボンファイバーを上回る伸縮性と強靭性を持っていることから新たな繊維素材として注目されてきました。

f:id:mdr52:20130831125503j:plain
クモの縦糸 (Major またはMinor ampullateと呼ばれる分泌腺から産生) を構成するタンパク質は『Masp1, Masp2, Misp』であり、クモの横糸 (Flagelliform と呼ばれる分泌腺から産生) を構成するタンパク質は『Flag』である。*2

100年以上も前から「クモを養殖することでクモ糸を量産しよう!」と考えられてきました。しかしクモは肉食で縄張り意識が強いために蚕のような養殖が困難です。
f:id:mdr52:20130606122412j:plain

1990年代に入ってクモ糸を構成するタンパク質の解析が進み、バイオテクノロジーを用いたクモ糸の人工合成の糸口が掴めました。近年になって人工的なクモ糸合成の研究は飛躍的に進んでいます。

バイオテクノロジーを用いたクモ糸の大量生産

 1.大量のクモから糸を集める
 →養殖方法の確立が難しい

 2.蚕にクモの糸を作らせる
 →絹糸にクモ糸を混ぜることと同義であり、クモ糸の純度を高められない

 3.培養細胞にクモ糸タンパク質を作らせて糸を作る
 →技術的には可能だが生産効率やコストの改善が必要

1996年にメタノール資化性酵母を用いたクモ糸タンパク質の合成が報告されたのを皮切りに、その後10年ほどの間に様々なクモ糸タンパク質が哺乳類細胞, 植物細胞, 昆虫細胞, 大腸菌を用いて合成されてきました (Current Opinion Biotech., 2012)。

大腸菌を用いたタンパク質の発現は安価で早いというメリットを持ちますが、
 1.クモ糸タンパク質は繰り返し配列が多く発現効率が低い
 2.大量のグリシンとアラニンがクモ糸タンパク質の合成に必要
という大きな問題がありました。

近年報告されたglycyl-tRNA poolを増やして天然タンパク質と同様のクモ糸タンパク質を効率的に作成した (ProNAS, 2010) という研究結果は クモ糸の工業生産化に光明をもたらしました。

Spiber社のクモ糸人工合成は成功するか?

素材の新規開発
売りは新規開発したQMONOSというクモフィブロイン由来のタンパク質です。ニワオニグモのタンパク質を改良したeADFs (engineered Araneus Diadematus Fibroins) が報告されていますので (ProNAS, 2009) 、QMONOSも同様の技術を用いた新規改変タンパク質であると予想されます。もし複数タンパク質を混合して繊維を作る技術が可能ならば素材としての可能性が更に広がるので面白そうですね。

効率的なクモ糸作成・低コスト化
大腸菌を用いた手法は既に確立されており (Nature Protocols, 2009)、海外の研究室でクモ糸を作る様子が公開されていたりします (see link)。Spiber社は発現効率や低コスト化を既報よりさらに改良していると予想されます。

紡績技術の開発

f:id:mdr52:20130831125515j:plain

Spiber社は『湿式、乾湿式、エレクトロスピニング紡糸技術をゼロから自社開発して天然クモ糸に匹敵するタフネスを達成することに成功』と謳っており、日本発の効率的で大規模な紡糸システムの構築が期待されます。

競合他社
競合相手はヤギの乳でクモ糸を作る『Nexia (PharmAthene)』、培養細胞を用いた『Kraig Biocraft Laboratories』『Spintec Engineering GmbH』『Refactored Materials, Inc.』でしょうか。いずれも欧米の会社です。

(6/11/13追記)特許情報
2012年にSpiber社の特許情報が公開されていました。

これを見る限り上記の予想は大体当たっているようです。eADF3にNRSH1を繋いだタンパク質=QMONOS?

終わりに

クモ糸は夢の素材として非常に注目されています。非常に歴史ある研究分野であり熾烈な戦いが予想されますが、日本は製品の改良と高性能化に定評がある国です。

是非ともSpiber社の研究が進み、クモ糸が国全体を巻き込んだ大きな産業になることを心から期待しています。

PS.ジェバンニが研究の合間に5時間程度で勉強して書いた文章なので間違いがあったら教えて下さい。

PS2.ヤギの乳からクモ糸を作ったっていう2002年のScience論文にはMaterials Science Team, U.S. Army Soldier Biological Chemical Commandが入っています。

PS3.クモ糸ってドラッグデリバリーシステムへの応用も期待されているんですね 『Recombinant spider silk particles for controlled delivery of protein drugs (Biomaterials, 2012)

PS4.生組織の最新レビューが面白かった『Structural Biological Materials: CriticalMechanics-Materials Connections (Science, 2013)

クモのいと (ふしぎいっぱい写真絵本)

クモのいと (ふしぎいっぱい写真絵本)

Pocket

人工的にクモの糸を作る研究の歴史について本気で調べてみた” への1件のフィードバック

  1. こんにちは。素晴らしい記事ありがとうございます!
    この技術がスゴいのと同時に最大の謎とも言えるのは、2009年のProNASにもある通り、どうやってフォールドしてないたんぱく質をフォールドさせて繊維にしているか?にある様に思われます。
    これは、カイコのシルクプロテインでも知られた事なのですが、吐き出す際のシェアフォースで構造が変わるので、一般のたんぱくの様に単に大量発現系の確立で終わる話でもないんだろうなあ、と。
    加えて、余談ですがこれらはいわゆるアミロイドと同様に、線維化の前後での構造変化も良く分かっていないんじゃないか?と。
    この辺は一貫して、東京農工大の朝倉哲郎さんが固体NMRを使って取り組んでおられ、10年ほど前に構造解析にも成功されました。詳しくは、下記リンクなどご参考になりましたら。
    「カイコの謎を解き明かし、鉄より強い絹で人工血管をつくる」http://www.blwisdom.com/technology/interview/laboratory/item/1777-07/1777-07.html?limitstart=0
    東京農工大学朝倉研究室 http://www.tuat.ac.jp/~asakura/gaiyo.html

コメントは受け付けていません。